大津地方裁判所 平成8年(行ウ)9号 判決 1998年9月21日
原告
浅井秀明
久村久一郎
瀧光太郎
呉竹駒次
久保田幸三郎
齋藤良彦
池内邦彦
磯﨑善次
加藤和幸
池内良弘
居永正
池内克明
眞野覺奣
右原告ら訴訟代理人弁護士
折田泰宏
中村広明
牧野聡
新谷正敏
被告(滋賀県知事)
稲葉稔(Y1)
(空港整備事務所長)
西田爲彦(Y2)
右被告ら補助参加人
滋賀県
右代表者知事
稲葉稔
右被告ら及び補助参加人訴訟代理人弁護士
肱岡勇夫
主文
一 被告西田爲彦は、滋賀県に対し、金九一万三九四三円及びこれに対する平成八年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告西田爲彦に対するその余の請求を棄却する。
三 原告らの被告稲葉稔に対する請求を棄却する。
四 訴訟費用中、原告らと被告西田爲彦の間に生じた分はこれを一〇分し、その七を原告らの負担とし、その余を同被告の負担とし、原告らと被告稲葉稔との間に生じた分は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 被告らは、滋賀県に対し、連帯して、三〇九万六〇五二円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成八年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並びに仮執行宣言を求める。
第二 事案の概要
一 本件は、「滋賀県空港整備事務所(以下「空港整備事務所」という。)の職員らが、平成七年度空港整備事務所食糧費から、びわこ空港整備のための折衝に要する経費として、平成七年五月三〇日から平成八年三月一五日までの間に合計三〇九万六〇五二円を支出したこと(以下「本件各支出」という。)は、社会通念上儀礼の範囲を逸脱して違法であり、右支出によって同額の損害を滋賀県に与えた。」旨主張する原告らが、当時、右支出の命令権限を有していた滋賀県知事被告稲葉稔(以下「被告稲葉」という。)及び空港整備事務所所長被告西田爲彦(以下「被告西田」という。)に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、滋賀県に代位して、右損害とこれに対する遅延損害金の賠償を求めた事案である。
二 当事者間に争いのない事実
1(一) 原告らは、滋賀県の住民である。
(二) 本件各支出当時、被告稲葉は滋賀県知事の職にあり、被告西田は空港整備事務所所長の職にあった。
2 滋賀県における予算執行権限を本来的に有しているのはその長たる知事であるが、空港整備事務所における食糧費支出に関しては、滋賀県事務決裁規程(昭和五五年滋賀県訓令第一号)により、同所長が専決権者と定められている。
3 空港整備事務所における地元関係者及び関係機関接遇に伴う食糧費の支出は、毎年度当初に年間執行伺いをする方法(滋賀県財務規則<昭和五一年滋賀県規則第五六号>三七条三項)が採られており、個々の接遇のための経費を支出する際は、支出命令者たる空港整備事務所所長が支出負担行為兼支出命令決議書により支出命令を発することになっていた(同規則七四条一項)。
4 空港整備事務所では、平成七年四月一日から平成八年二月五日までの間、別記1及び2記載の「支出先」において接遇を行い、その経費等として、平成七年五月三〇日から平成八年三月一五日にかけて、平成七年度空港整備事務所食糧費(款:総務費、項:企画費、目:計画調査費、事業:空港整備推進対策事業費、節:需用費、細節:食糧費)から合計三〇八万四七二二円を、同報償費(款:総務費、項:企画費、目:計画調査費、事業:空港整備推進対策事業費、節:報償費)から合計一万一三三〇円を支出した。
5 原告らは、平成八年六月一一日、本件各支出につき、滋賀県監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づく監査請求を行った。同監査委員は、同年八月九日、本件各支出は社会的儀礼の範囲を逸脱したものではなく、請求は理由がないので棄却する旨通知した。
三 争点
1 本件各支出が、社会通念上儀礼の範囲内にとどまるものか否か
【原告らの主張】
社会通念上儀礼の範囲にとどまる食糧費支出までを否定するわけではないが、少なくとも、<1>一人当たり単価が六〇〇〇円を超える支出、<2>二次会にかかる支出、<3>おみやげ代及びたばこ代としての支出に関しては、いずれも儀礼の範囲を超えるものであり、違法な支出である。
【被告ら及び補助参加人の主張】
空港整備事務所において、地元関係者及び関係機関と食糧費支出を伴う接遇の必要性・有用性が存在していたことは明らかで、本件各支出は、協議内容の重要性や緊迫性、相手方の地位・都合等を勘案して支出された儀礼の範囲内のものであるから、一見明白に常軌を逸した額の支出があるとか不正支出がある等特段の事情があれば格別、そのような事情が認められない本件においては、当不当の批判は別として、違法の問題は生じない。おみやげ代についても同様であるし、たばこ代についても、その席上消費される範囲で提供したものであるから、何ら違法はない。
2 被告西田の責任
【原告らの主張】
本件各支出が地元の一部の民間人や地元町議員を接遇する上で必要であったとしても、社会的儀礼の範囲を超えていることは明らかであるから、これを認識し、支出を指示・決裁した被告西田には、故意が認められるし、ほとんどの接待に同席していた以上、違法性を認識し得たはずであるから、少なくとも重過失は認められる。
【被告ら及び補助参加人の主張】
多くの集落が空港整備に反対の立場を表明しており、話し合い実施に向けての折衝を重ねる必要があった当時の状況に鑑みると、時間帯や場所に制約がある中での折衝事務を遂行するにあたり、本件各支出は不可欠のものであったし、特段高額の支出を始めたものでもないから、被告西田に本件各支出が儀礼の範囲を超えた違法なものであるとの認識がないのはもちろん、違法であるとの判断を要求することもできないから重過失も認められない。
3 被告稲葉の責任
【原告らの主張】
被告稲葉は、知事として独自に本件各支出の適法性を判断する義務があるし、違法な本件各支出の内容、目的を知っていたか、容易に知り得たのであるから、過失があることは明白である。
【被告ら及び補助参加人の主張】
本件各支出は、法令による手続きを経て適正に行われたものであって、監査委員による審査や議会における審議の際にも何ら問題とされることはなかったのであるから、被告稲葉において、被告西田の本件各支出が違法であることを知り、または、これを容易に知り得たとはいえず、当該行為を阻止すべき指揮監督上の義務違反はない。
第三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 判断
一 争点1 (本件各支出の違法性)について
1 地方公共団体の長又はその他の執行機関が、当該地方公共団体の事務を遂行し対外的折衝等を行う過程において、社会通念上儀礼の範囲にとどまる程度の接遇を行うことは、当該地方公共団体も社会的実体を有するものとして活動している以上、右事務に随伴するものとして許容されるというべきであり、その場合、いかなる程度の接遇を行うかは、右接遇に要する経費の支出権限を有する者の裁量に委ねられていると解すべきである。しかしながら、公的存在である地方公共団体により行われる接遇である以上、たとえ対外的折衝等をする際に行われたものであっても、それが社会通念上儀礼の範囲を逸脱したものである場合には、右接遇は当該地方公共団体の事務に随伴するものとはいえず、その経費を公金により支出することは許されないというべきである。そして、右接遇の経費が「食糧費」から支出される場合、行政事務執行上の直接的必要性から消費される経費として位置づけられる食糧費の性質からすれば、右接遇が当該地方公共団体の行政事務を執行する上で直接必要なものでなければならないことはいうまでもなく、また、公金の支出である以上、地方自治法二条一三項、地方財政法四条一項の規定に則り、接遇の相手方や出席人数、接遇の場所、接遇の内容や費用等を総合考慮した場合に必要最小限と評価し得る支出でなければ、社会通念上儀礼の範囲にとどまるものとはいえず、右範囲を超えた支出をすることは裁量権の逸脱・濫用にあたり、違法と評価されるというべきである。
2 そこで、本件各支出が、行政事務執行上直接必要であり、社会的儀礼の範囲内のものと評価できるかについて検討する。
(一)(1) 空港整備事務所の分掌事務は、「(1)空港整備に関する地元関係機関等との協議及び調整に関すること、(2)空港整備に係る調査の実施に関すること、(3)空港整備に係る用地および補償の対策の調整に関すること、(4)空港整備に係る地域対策の推進および調整に関すること」と規定されている(乙一、滋賀県行政組織規則<昭和五一年滋賀県規則第一六号>一二条)。
(2) そこで、本件各支出を伴う接遇の趣旨・目的に照らし、本件各支出が、右分掌事務執行上直接必要なものであったかについて検討するに、本件の個々の支出に先立って支出の可否を伺う「回議書」(〔証拠略〕)によれば、別記1記載の各支出(番号1ないし33)については、「地元折衝」、別記2記載の各支出(番号34ないし49)については「地元対策協議」と記載されている。また、本件当時空港整備局長であった証人西村隆の証言及び同人作成の陳述書(〔証拠略〕)によれば、本件各支出を伴う接遇は、「びわこ空港」予定地(蒲生町及び日野町)のうち空港整備に反対の立場を示している集落と実質的な話し合いのできる場をもつため、右集落に対して発言力や影響力を持っていると思われる関係者に対して行われ、あるいは、地元両町に空港事業の必要性・重要性を理解してもらい、事業推進に協力してもらえるよう意見を交換するため、町議会議員に対して行われたものと認められる。右事実によれば、本件各支出を伴う接遇は、いずれも、空港整備事務所の分掌事務に直接関係しているものと認定できる。加えて、関係証拠並びに弁論の全趣旨から認められる「びわこ空港」整備事業の進捗状況に照らせば、本件各支出が空港整備事務所の分掌事務執行上、直接必要なものでなかったと認めるに足りる証拠はない。
(二)(1) 次に、接遇の行われた場所についてみると、いわゆるクラブ・スナックで行われたものが六件(別記1の番号10、11、25、29、31、別記2の番号47)あり、その余はホテルや料理店で行われている。
(2) 一般的にクラブ・スナックといわれる所は、専ら遊興のために行く場所としての性質が色濃い場といえ、行政事務執行上直接必要な接遇を行う場所としておよそふさわしい場所とはいえない。
しかしながら、他方、証人西村の証言及び同人作成の陳述書(〔証拠略〕)によれば、右六件を含む本件各支出を伴う接遇の場所は、全て「個室がある」という基準で選定していると認められるところ、「びわこ空港」整備につき反対の立場を表明する集落の関係者に対する接遇であるなど、その性質上、人目に付きにくい場所で接遇を行うことが必要であったため、かかる基準を用いたとの被告らの主張はそれなりに合理性がある。また、証人西村は、相手方が既に食事を済ませていた場合には、料理店等ではなく、個室のあるクラブ等を接遇場所として選択したと証言するが、右も一応の合理性を認めることができる。以上の事情を考え併せれば、右六件の支出がクラブ等での接遇に伴うものであることをもって、直ちに裁量権を逸脱、濫用した違法な支出であると認めるのは不相当というべきである。
(3) もっとも、右六件のうち四件(別記1の番号10、11、25、29)は、いわゆる二次会にかかる支出であるところ、二次会というものも、一般的に専ら遊興のための場という色彩が強く、行政事務執行上直接必要であるかについては大いに疑問があるところであって、二次会にかかる支出については、接遇の費用がいくら少額であっても、その必要性が認められない限り、社会的儀礼の範囲を超えるものであり、支出の違法性が推認されると解するのが相当である。したがって、右四件の二次会にかかる支出(合計一〇万八六〇〇円)については、いずれも違法な支出であると認められる。
この点、被告ら及び補助参加人は、個室の利用制限時間や店の閉店時間を超えて話をする必要があったため、二次会を行ったことはやむを得なかった旨主張するが、右は抽象的な必要性の主張にすぎず、個々の二次会毎に関する具体的な必要性の主張立証はなされていないから、被告ら及び補助参加人の右主張は採用できない。
(三)(1) 本件各支出中一次会にかかる支出(四九件)につき、一人当たり単価に着目すると、最も多額であるのは一万九六二七円(別記2の番号42)であり、最も少額であるのは三七七七円(別記1番号9)である。更に詳細にみると、一人当たり単価が一万二千円を超えるものは二二件(別記1の番号1、3ないし5、6、7、11、16、19、21、22、24、別記2の番号34ないし42、48)、一万円を超えて一万二千円以下のものは七件(別記1の番号2、15、20、26、別記2の番号43、44、46)、八〇〇〇円を超えて一万円以下のものは一〇件(別記1の番号10、12、14、17、25、28、29、30、別記2の番号45、49)、八〇〇〇円以下のものが一〇件(別記1の番号8、9、13、18、23、27、31ないし33、別記2の番号47)であると分類できる。
(2) 前述したように、食糧費支出が公金の支出である以上、必要最小限の支出であると評価できなければならないというべきであるが、右のとおり、本件各支出全四九件中二割を超える一〇件の接遇が一人当たり単価八〇〇〇円以下で行い得たこと、後に滋賀県自身が設けた「食糧費執行基準等について」(乙五三、平成九年八月一日から適用)によってすら、夕食は一人当たり単価一万二千円が上限の基準とされていること、国家公務員等の旅費に関する法律で定められている国家公務員の食卓料は、外国旅行の場合の最高額(内閣総理大臣及び最高裁判所長官)でも一晩につき一万〇一〇〇円であることなどがそれぞれ認められるのであって、右各事実と前記認定の本件各支出を伴う接遇の趣旨・目的や接遇の相手方の地位、接遇の場所等を考慮するならば、多くても一人当たり単価は八〇〇〇円までとみるのが相当であって、右を超えた部分(合計七九万四〇一七円)についてまで食糧費を支出することは社会的儀礼の範囲を超えるものとして許容されず、裁量権の逸脱・濫用にあたり、違法な支出になると解すべきである。
(四) 原告らは、たばこ代(別記1の番号6のうち二二〇円)を支出したことも違法である旨主張するが、右が接遇の席上で通常消費される程度のものと認められることからすると、これを食糧費として支出したことが、社会通念上儀礼の範囲を超え、違法であるとまではいえない。
(五)(1) おみやげ代(別記1の番号5、7、22)は、報償費としての支出であるところ、報償費とは、役務の提供等に対する対価という性質を有するものである。この支出にあっても、地方自治法二条一三項、地方財政法四条一項の規定に則り、提供された役務の内容に照らし、必要最小限と評価し得る支出でなければならないことは食糧費の場合と同様であり、右の範囲を超えて支出することは裁量権の逸脱・濫用にあたり、違法の評価を受けるというべきである。
(2) そこで、右三件の報償費支出について検討するに、このおみやげの中身は、いずれも接遇の場所として使われた料理店の折り詰めであり、一人当たり一七五一円から二五七五円の範囲の物と認められるところ、証人西村の証言によれば、右のおみやげは「忙しい人に無理を言って来てもらったことに対する謝礼」として交付したというのである。しかしながら、そもそも接遇の場に出席してもらうことが役務提供等といえるかは疑問の多いところである上、空港整備事務所の負担で酒食を提供していることを超えて謝礼を支払わなければならないほどの役務提供等とは到底考えられないのであって、右三件の報償費支出(合計一万一三二六円)は、裁量権を逸脱・濫用した違法な支出と認められる。
3 以上によれば、本件各支出のうち、二次会支出分合計一〇万八六〇〇円、一次会支出分のうち一人当たり単価が八〇〇〇円を超える部分の合計七九万四〇一七円、報償費支出分合計一万一三二六円(総合計九一万三九四三円)については、違法な支出となる。
二 争点2(被告西田の責任)について
空港整備事務所においては、毎月一定回数以上の食糧費支出を伴う接遇を行っており、随時執行する必要性があったことから、年度初めに年間執行伺いをし、個々の支出に際しては、支出負担行為兼支出命令決議書により専決権者たる被告西田が決裁していたことは、前記第二の二(当事者間に争いのない事実)3記載のとおりである。とすれば、被告西田は、本件各支出の違法性、すなわち、一人当たり単価が八〇〇〇円を超えるような接遇が行われていたこと、二次会が開催されていたこと、相手方におみやげを交付したことを認識していたか、少なくともわずかな注意を払えばそのことを認識し得たにもかかわらず、漫然と支出命令を発していたと認められる。
したがって、被告西田には、一部違法な本件各支出によって、滋賀県が被った損害を賠償する責任があると認められる。
三 争点3(被告稲葉の責任)について
被告稲葉は、専決をさせた者であるから、被告西田の財務会計上の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右違法行為を阻止しなかったときに限り、賠償責任を負うものと解すべきである。
そこで、被告稲葉に右指揮監督上の注意義務違反があったかについて検討するに、食糧費の執行が日常的なものであることに照らすと、特段の事情がない限り、被告稲葉が個々の支出の適否について格段の注意を払うことは期待し難いところ、本件各支出は、通常の予算執行と同様、法令による手続きを経て行われ、その間何ら問題視されることはなかったと認められる。以上からすると、被告稲葉において、被告西田に対する指揮監督を怠り、故意又は過失により被告西田の一部違法な本件各支出を阻止しなかったとは認められない。また、およそ食糧費支出を伴う関係者に対する接遇が許されないものではなく、社会通念上儀礼の範囲を超えたものだけが許容されないと解される以上、被告稲葉が、空港整備事務所における接遇の事実を抽象的に認識していたとしても、本件各支出の具体的な違法性を知り、あるいは、容易に知り得たと認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告稲葉に対する原告らの請求は理由がない。
四 以上によれば、原告らの本件請求中、被告西田に対する請求は一部理由があるからその限度で認容し、被告西田に対するその余の請求及び被告稲葉に対する請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
なお、仮執行の宣言は相当でないからその申立てを却下することとする。
(裁判長裁判官 鏑木重明 裁判官 末永雅之 武部知子)
別記1及び2〔略〕